イプシロン
キリコ、フィアナと見てきたら、私的には、次はイプシロンです。 「ボトムズ」という話は、真面目に内省する男キリコが主人公です。彼とワイズマンの戦いは、武力を使ったものというより、むしろ内面の戦いとして決着がつけられます。つまり、彼は強い精神力で自分の価値観を貫いた……そんな話だったわけです。 その彼の内面に大きくかかわってくるのが、彼と相似性のあるフィアナとイプシロンの二人です。 彼らの共通点は、徹底して戦闘に特化されて利用されている存在であり、純粋で、生真面目……です。 キリコの仲間である三人組は、どちらかというと、彼に対する世間の人情を擬人化したもの、みたいな感じで、キリコにとってかけがえのない存在にはなりますが、内面に踏み込んでくるものではありません。 「ボトムズ」のテレビ本編は、主人公と、相似性のある二人のPSとの関係、葛藤、対比というのが大きな意味をもっていると思うので……先に、イプシロンを取り上げます。 イプシロンは、三角関係の恋敵としての面もあるので、相思相愛の二人を付け狙う女々しい男などと言われてしまっているようで……なんとも、気の毒な感じがします。 彼が二人を追いかけたのは、 普通の人間であるはずのキリコに負けるわけにはいかない、というPSとしての誇りのためと プロトワン(フィアナ)を見捨てられないという気持ちから だったと思います。 彼は、プロトワンがキリコを愛しているということをわかっているし、恋愛だけの問題ならば、気持ちを切り替えることもできたと思います。 彼は、プロトワンと同様に、空白の脳に組織のレクチャーを与えられて生まれてきました。プロトワンにはアクシデントが起こったのですが、彼の場合は何の疑問も持たないような一貫性でレクチャーが徹底していたはずです。組織のために戦い、相手を倒し、誰よりも強いことに誇りを持つ……そういう脳の支配がされていたのです。 ボローの描写を見ていると、イプシロンもプロトワンも、一方的に命令して利用するというのではなくて、誇りを持たせて指揮官的な立場に育てるつもりだったように見えます。兵器として命令に従えばいい、というのではなくて、自分から組織に奉仕することに価値を持つような……そんな育て方をしようとしていたようにみえます。所詮道具、と思いつつも、腫れ物に触るような感じで二人を盛り立てていこうとしているように見えます。早くに欠陥品になってしまったフィアナの扱われ方は変わっていったでしょうが、イプシロンはその力を示すことを期待された「王子様」だったのです。 彼は、与えられた価値観で、自分の価値は戦闘力であり、その点において普通の人間を超越している、と思っています。それに疑問をもつことがないように、彼の脳は支配されているのです。 そんなイプシロンにとってみれば、肉親のような存在であるプロトワンが、自分たちの進むべき道から外れていくことは破滅の道を歩んでいるように見えたことでしょう。彼は、恋を諦められなかったというよりも、彼女を見捨てられなかった、という感じの方が強かったのではないでしょうか。 クメンでのイプシロンは、こどものように、フィアナとの間には肉親のような愛情があると信じて疑っていなかったように見えます。キリコが現れたことで、男としての感情も持つようになった感じもしますが、それまでは恋愛未満で、肉親のような絆を信じていた「純粋なこども」だったように見えます。 人工的に生み出されて、肉親を持たないイプシロンにすれば、フィアナはただ一人の同類であり、同じ道を歩む同志でもあったはずでした。 イプシロンにとって、それを断ち切ったキリコは許しがたい人間だったのだと思います。 イプシロン本人も、自分を超える能力を持つ「普通の人間」の存在などは認められないし、 組織もイプシロンが普通の人間に負けるのでは、PSを開発した意味が無くなるわけで……執拗にイプシロンの精神を追いつめていきます。 プロトワンの脳内のイメージを見せたりと……随分嫌らしいことをして、イプシロンの嫉妬や憎悪を高めていきます。 イプシロンは、自分の存在意義をかけてキリコと戦うしかなかった一方で、自分の脳をを支配している価値観を否定したプロトワンへの愛情も捨てられなかった……精神的に追い込まれたイプシロンは、PSとしての誇りにすがらなければ、自分のアイデンティティを保つこともできなかったでしょう。 死を前に「自分さえいなければ、あなたは自由になれる」とプロトワンにいうイプシロン。もう、自分のすがっているPSとしての価値観の通用しない彼女を理解していて、それでもたった一人の同類と思い続けてきたイプシロンの孤独を思うととても哀しいです。 キリコは、イプシロンに、与えられた価値観に縛られて戦場に駆り出された自分を重ね合わせていて、やらなければ殺される強敵と思いながらも語りかけてみたり……しています。 キリコがイプシロンを助けるシーンがクメンとサンサでありますが、あれは「フェアーなキリコ、かっこいい!!」という感じではなくて、キリコはキリコなりにイプシロンという人間を自分に重ねて、彼を無駄死にさせたくなかったからのように見えます。戦いに誇りなどないというキリコですが、イプシロンとの最後の戦いは、PSとしての彼を尊重するような決闘の場を演出して、彼に応えようとしているかのようです。 脳の支配から自由になれず、組織の中で最強の兵器であろうとしたイプシロン。彼には組織から離れて人間らしく生きるという選択肢はありませんでした。それでも、プロトワンを愛したことで兵器になりきれず、与えられた価値観が揺らいで情緒不安定になり、かえってPSとしての誇りにしがみつくしかなかった……彼もキリコ同様に真面目な魂の持ち主だったと思います。 キリコは愛を得て、人間として生きる道を選び、 イプシロンは愛を失って、兵器になりきろうとした…… まるで、二人は、一つのものを映した二枚の合わせ鏡のようです。過去と未来のようでもあります。 だから、イプシロンを悪しざまに言われると、ちょっと哀しかったりするのでした。